2019年4月9日、政府が一万円札、5千円札、千円札の3紙幣のデザインを一新する発表をしました。
これまで五千円札といえば、樋口一葉でしたが、今回の刷新で津田梅子(つだうめこ)が選ばれています。
そこで疑問が浮かぶのが、津田梅子とはどんな人物なのかということではないでしょうか?
名前は聞いたことあるけど、何した人か分からない・・・という意見もチラホラ出ていますね。
そこで、津田梅子は何をした人で、どんな功績があるのか、なぜ今回新札に選ばれたのか、津田梅子の新五千円札はいつから発行されるのかについて調べてみました。
新五千円札の津田梅子って誰?何をした人なの?
津田梅子が新五千円札に選ばれましたが、津田梅子がどんな人物なのかイマイチピンと来ない人が多いようです。
津田梅子は何をした方か?
解説していきます。
新五千円札の津田梅子は津田塾大学の創始者
津田梅子は一言でいえば帰国子女のはしりともいえる人であり、津田塾大学の創始者という御方です。
この時代の女性としては割と有名かもしれませんが、しかしそれ以外の点となると、意外に知られていないのではないでしょうか。
新紙幣の人の名前、全然、ピンとこないんだけど…。わしの学が足りなさよ…。
— ケイさん (@Kei_DeepSea) April 9, 2019
津田梅子が何をした人なのかわからないので己の教養の無さに打ちひしがれる。余談だけどマジアカで僕に学問を投げたら間違いなくぶっ刺さる。
— 光月バーバラ@5/5ひなビタ♪ここなつ昼夜 (@barbarayurinana) April 9, 2019
梅子は、元幕臣の父・津田仙の次女として、1864年12月31日に現在の東京都新宿区で誕生。
明治時代に入ってから、妻の仙が北海道開拓使次官の黒田清隆と知り合ったことで、梅子の運命は八割がた決まりました。
黒田が女子教育にも関心を持っていたため、妻の仙もそれに同調し
当時6歳の梅子を海外留学させることに決めたのです。
物心ついたばかりの娘に対して、津田梅子の母親・仙は一体どんな説明をしたんでしょうね。
こうして梅子は、岩倉遣欧使節とともに海路でアメリカへ向かいます。
現地では画家のチャールズ・ランマンという人の家に預けられ、英語やピアノを習いながら、アメリカでの生活に慣れていきました。
幼かったぶん飲み込みも早かったようで、ちょっとした弊害もありました。
日本語から遠ざかっていってしまったために、日本にいる父親への手紙も英語で書くようになったのです。
梅子が帰国したのが十八歳のときで、母国の日本語はほとんど忘れて帰国したということです。
確かに6歳からアメリカへ行ったら日本語は忘れてしまいますね。
アメリカから帰った梅子は、華族女学校で英語を教えています。
1889年には再び渡米し、生物学を専攻し、教授方法も学んでいます。
大学から学問を続けることをすすめられますが、1892年には再び帰国しています。
ほか明治女学院でも教師生活を送っています。
キリスト教教育、婦人運動に強い関心も持っていました。
梅子には、アメリカにいるころ、いっしょに留学した日本の女子留学生仲間と語り合った夢がありました。それは日本に帰ったら、「自分たちの学校」をつくることでした。
ときは女子大学制設運動がおこり、1899年になると高等女学校令、私立学校令が公布され、法整備され、環境が整いつつありました。
1900年、梅子36歳のときに、女子英学塾( 現在の津田塾大学の前身) を創設しています。
同校は女子専門教育機関の先駆けをなすものでした。
少人数教育、教師の資格と熱意、学生の研究心を重視し、英語教育とキリスト教による人格教育を実践していきます。1905年にはキリスト教女子青年会(YWCA) の初代会長になっています。
亡くなる四年前には、日本の女子教育に対する貢献をたたえられ、勲六等宝冠章を受けています。
梅子の教育に対する情熱は深く、日本女性の地位向上のため、教育に献身した人でした。没年、64歳。葬儀はキリスト教式の校葬で、新渡戸稲造が30分間、梅子の功績や人格をたたえる弔辞をよんだのは有名です。
なぜ津田梅子が新5千円札に選ばれたの?
そんな津田梅子が、なぜ今回五千円札に選ばれたのでしょうか?
津田塾大学は
女性の社会進出に貢献していて
卒業生は一流企業の重役や官公庁の女性職員になったりと
津田塾大学卒業生の活躍が
めざましいものだったそうです。
津田塾大学の偏差値はトップランクで
「女東大」とも呼ばれていたそうです
津田梅子さんの
「身分にとらわれない女子教育」の実現に向けての
取り組みが
現在の女性の教育を受けることに
大きく関わっているようなので
新5千円の肖像に選ばれたのでしょうね。
津田梅子の新5千円札はいつから
今回、新津田梅子五千円札はいつから発行されるのでしょうか。
紙幣は偽造防止のため10~20年ごとに変更することになっているそうです。
前回の紙幣は2004年11月に図柄が刷新されていますので、それ以来の変更となりますね。
前回から20年後の2024年をメドに変更されるようです。
はっきりした発行日はまだ決まっておらず、のちのち発表されるでしょうね。
最後に
2019年4月9日、新紙幣の発表されましたね。
津田梅子はなぜ、新五千円札に選ばれたのか、何をやった人なのか功績などをまとめました。
最後までお読み頂きありがとうございました。